karas

感覚質

身を寄せる萌黄の花を薄青に染むる梅雨は天の筆なり

地上打つ鼓動のごとき雨音の清かに紡ぐ短調の雅歌

暗がりにあをく光りしオタクサは雲の晴るるに紫を纏ふ

午後の陽は今宵の朔なるらしを知り白き光を一心にそそぐ

傘の骨も冷やさぬ雨の残しける靴のおもての儚き足跡

夕映えを地平の深きに隠す灰君のゆびさき借りて掻かばや

神経を埋没せしむ機械音掻き消し降れよ透明のmanna

束の間に地には翳りの押し寄せて薔薇いろのそら不穏に轟く

暗欝のラベルは乾き剥がれをり裸の壜は熱に蕩ける

雲の群迎へる天の赤い舌に抗ふ緩慢なる生き物

静謐の空気に沈む潜水艦白き巨体を眩しく横たふ

仔雀の白と青との隙間舞ふ飛行船より訪れし天使

佳き日ならばかく在れと思ふアゲハ蝶さいぎられゆ光の代はりに

人工の衛星(サテライト)をも照らしをり潤む月のゆめ惑星まはる

入れ替わる景色と吾(あ)とのあひだの空(くう)に窒素分子の幕ぞ垂れたる

夏虫の鳴きたる音は呼び声なり忘れ去られし想ひを探る

陽気なる音と笑顔の天気予報猛暑は人をも殺すと云ふが

言語の川泳ぎ渡りて届くeden震へる電子に熱は滾らむ

天(あま)づたふ咆哮(こゑ)は見えざる蜂の群行かむ秘めらるる蜜を探しに

はばたきて弧をくぐりしに七色を纏ひて喜べ若き痩せ烏

蝉の音の村にてあふぐ十字架は天を抱へて賛美唄へり

葬列の色に染まりしか薄絹を揺らして鳳蝶(アゲハ)炎天に踊る

曇り空の眩耀を避け逃げ込みし丘に幾千の太陽の落つ

境界を歌う管弦海原の幻視に寄せて翡翠の磨かる

深き眠りケータイ画面は出来たての焼死体の夢を見てゐる

ゆるゆると生気を失ふ曹達水やる瀬なき沈黙を洗ひて

緩やかな午前のひかりを穿ちたり死者8名犯人自殺

大学に出没するらし強盗にpepper spray忍ばせ二時の出勤

橋の日の猛暑に抗ふ列島を荷電粒子よ渡りてたなびけ

尾花沢西瓜売りたるトラツクはいかでか猛暑の今日を休まむ

揃へたる髪を垂らしてConverseの黒き紐の端zipperに編む

ひとびとの信ぜぬ空に溺るるは願ひ運ばぬ墜落の星

信仰の自由を知らぬ芸術家おもてへ向かぬ花も白かれど

黒きいともつれ頁(ページ)を埋めにけり七分目まで捲りし日々に

連続のシャッター音を聞くやうに高速トンネル照明の逝く

歯車を搭載したる服飾人形(マネキン)の工場のごとしキャットウォークは

散弾銃鳴らし串刺す温き夜に五色(ごしき)の煙の侵しける星

狭き世を蓋ひし羽をよじ登り麺麭分かちたる祈りの頂

完熟の蜜の漂ふ八月を捕へし虫の音孤影を妨ぐ

greenを青と呼びたる違和感を隣に聴きけり暗がりの部屋

大輪を待てず咲かせし野菊なり死ぬべく生きる大人の遊ぶ火

叢の潤ふ夜の遥かさき旅人の飛ぶ噴射(ジエツト)音のす

彩りの休む梢を手折りしに純白の炉の餓うるを救ふ

珈琲に入水したる文字の群食ひとめむとて硬貨は床打つ

母の手に奏楽の霊宿りたり吾(あ)の爪先のピアノを弾きて

冠を脱ぎて捧げし安息日御もとにミラーボールは眠る

熱風は自由の国を夢に見ゆ何処か翼面荷重の無き空

子ども部屋にて発掘せし印画紙に眠りけり笑はぬ少女の化石

音楽祭トラムペツトに絡みける荊を編みて霧の雨越ゆ

待ちながら身体の枠は飴色に掠れて消えて生姜曹達水

野苺とアコオデイオンに注ぎをりシリカランプのまろき光の

くれないの湯気に開けし英国の庭で啄ばむ冷たき野苺

磁器のうちに微睡むアリスは野苺のうたを編んでは吐息にのせる

妖精のひかり舞ひけるホオルより薄羽の鱗粉漏れて波うつ

「竜巻のなかなら鋼のやうな歌が詠める気がする」ビルに飲む珈琲

霧雨に追はれたさきの壁飾る抱卵の傷流れに逆らふ

十月の魔女と姫君わかき母携え雨の街路にけぶる

装ひを失くしてペンの消しゴムが歪な頭蓋光らせてゐる

栗の香をたたふる青き花に寄せ彷徨ふ午後に安きくちびる

舌のうへ消ゆる加加阿(カカオ)の一粒と恵みを拒むひとの閉塞

銀十字 ふるき処刑の傷痕を亜麻いろの毛がするりと撫づる