karas

nowhere

唇の僅かなほつれに法悦は湧いて黄金の静寂の降る

出逢ひの遅きを悔ゆれどかの人の育つらむ子を愛しく思ほゆ

肩に重き一眼レフは'74年父と独逸へ行きにけらしも

若年の友の甘きを蔑みし電子の文(ふみ)に孤独浮かばる

教会の空席思ひつつ街に居て苺のコンフィに珈琲注ぐ

夢をして道行き阻む悪しき霊焼く陽光に目を醒ましたり

口唇を縫い合はせれば湧き出づる毒も枯れるか人救へるか

うら若き少女は骸の肋骨に似たる流行足に纏へり

取り柄なきを嘆く彼女の内に棲む生命力をこそ吾(われ)は羨む

氷片は弱きこころを傾けて身を捧ぐらむ滑らかなる水

地を透りし水は清らに流るるを喉にしずくは洗はれやはせむ

教会を素通りしき吾(あ)の隣席に祈り捧げし信仰者あり

吾(あ)のなすを無価値と嘲る母さへもありがたきかな君へと帰らむ

飛沫浴びふと見下ろしたる胸元に脆弱心臓鼓動が嗤ふ

夥しき命とともに埋(うづ)もるる王の寂しさ地に宿るらむ

過ちも笑顔も知りにきぬいぐるみ布擦り切れど眼差し優しく

丁寧に昼餉包みし空腹を引き裂き貪る麺麭と挽肉

強奪を成したる男11人琥珀の水に刹那を焼きて

心象のふと輪郭を失ひしに指は蠢き境界探す

異質なる言葉を除けて僅少のたましひは枯骨に喰らはれ

角砂糖に群がる蟻の緊迫が君の背(せな)追う視線に「滑稽」

真空に溶けゆくからだを閉じ込めて冷凍すればこころも保(も)つか

この身体のどの肢(え)を引けば捻くれた心根直ぐになるかと君に

泥濘みを走る人らよ傍らのダイアモンドの杭を見ななむ

容疑者を苛む嘴熱り立て目の無き(とり)は夜行進す

「もういいや。面倒臭い」の鉄格子触れられずとも月の美し

あたたかきひとのことばはたしかにありわがりんかくをうえからなぞる

既知の情報(こと)のみ音にする父をみてすつと蚊柱避ける心地のす

見舞われし苦労・不幸を解き放てば伝染すると母は信ぜむ

識空率(しきくうりつ)高め自傷の鍵を得たる子らアイデンティティに遊ぶ

平成の偶像追ひたる妹の明日を奪へ真実なる君

婚約者助手席に置くきみの耳借りて密かに焦燥捨てけり

偏りのないやうに言葉を呑んで世界に負けないうたを吐きたい

鋭き錐発射する吾(あ)の声帯を外し呼吸の人形にせむ

触れずとも冷めぬこころなら枷のやうな咎めも無きままきみで終われむ

唇を掃きて集めし砂粒も硝子のしずくをいつかつくらむ

息の根を止めむと揃へたる犬歯実体の無き敵を憎みて

弱光に奇形の心象繋ぐ夜怪盗にすらなれず仕舞ひで

饒舌な夜更けの鳥を追ひかけて裸足で渡る記号の天河

宛ての無い言葉をすべて奪ひとり午前零時の返事を綴る

水ばかりで喉を洗つて燐光を放つ無色の深海魚になれ

上澄みを文字に吸はせて唾棄さるる重たき澱は孵らぬ卵

毒虫の朝の悲痛に重ねむと抉じ開けし殻超自我(イド)の脱皮す

怨念をくびり殺して仰ぎたる枯れ木の枝に真珠は実り

滑り落つる謝罪届けむ暗号の模様の蝶を風に放ちて

おのづから漂流したる幼子を包む亜麻布没薬の染むる

爪先は陽炎に落つ願はくば頭の先まで痛まずに逝け

選らるるはヒヨコの生き様 肉色の鶏冠に炭を燃やしつつ立つ

揺らぎ多き土曜を這つて礼拝の朝の鏡にうつる抜け殻

張り詰めしこころは音の泡となり無数の貝の宿す真珠へ

「アルバイト募集」の紙に押しつける銃口誰かに笑顔を借りたい

かのひとの舌は明るし 真珠母に不純なる日は厚く包(くる)まれ

等身大の吾(われ)なるものよ実体のなきまま清き自我を破るな