karas

深海魚

熱を与えすぎたジェロウはかたちを失くして
鏡にとり憑かれてしまった
覗き込めば焦燥
君を追い出して編むべき言葉はない

喪失の歌を聴きながら移動する
穏やかな焦り
ひとりきりが煩わしくて影を探す
過ぎた日々は他人事
瓦解していくルール
夢は白い光に消えた
もうすぐ自由

硝子の薄羽根が眼球を傷つけ この世界は次第に歪む
花を摘むほど気軽に 人を呪うカゲロウ
自らの儚さにも気づかない 哀れなカゲロウ

水と炎を湛えて暗闇に浮かぶ美しい球体
その一部であるというのは自己欺瞞
空の向こうが生まれた理由
爆発 衝突 数パーセントの把握
信ずるに値しない虚構は 不安を欲望を喰らって増殖する
色のない日も透明な輝きを振り撒く世界
世界への憧憬を真実と認めて 生きる

声を枯らしたかった
薄暗闇に浮かんだ輪郭に色を塗り 唇の奥に湧く泉を滅して
願望を蹂躙する饒舌
黙せないという欠落
せめて愛の唄を歌う

充電中の電子オルゴール。
世界を閉じ込めた歌をうたいたいから、もう少し眠る。

「消えてもいいよ」
その水晶の断面は刃を模した鋭さで虹色を反射させていた
泥人形の私はたった一言でさくりと崩れて 君の熱に焼かれる
燃え落ちる棘
輪郭を失くしていく身体
奴らには見えない透明な泡になる

複雑に絡み合った蔓のうえを滑り落ちていく銀色のしずくを集めて、水溜りをつくっている。擦り減ったアスファルトに浮かんだ空は狭いけれど、小さなちいさな紙の舟を浮かべればそれも大海。世界はいつも水から生まれる。ここには新しい世界がある。

草で編んだ虫かごはすぐに萎れた
捕えたはずの蜻蛉はいつの間にか逃げてしまって
私はまた果てのない草原へ彼らを探しに出かける

掌をすり抜けていくリモートコントローラー
捧げることしかできないのにそれを拒む不器用な身体
絶えず注ぎ込まれる電流に唆されて熱を溜めこむ
急な坂を降りきったときのような唐突な弛緩 落ちる

喉を駆け巡る複雑怪奇な散文詩
蛇のようにしなやかに肉を締めあげる指
君以外の誰にも殺されたくなんかなかったのに
生命を奪いながら囁きかける"Hold on."
口唇から溢れ出る泡は海月になって 青い水の中を浮かんでいく
叫びはいつしか音楽に乗った
「GIRLIE!」

横目に通り過ぎる階段の中腹にうずくまる少女
溶けだした意識だけに見える姿
君と対極の場所に棲む彼女を憎んだ
彼女の巣に浸かったこの固い身体
鋼のさなぎはひたすらに羽化を待つ

音に怯えている
突きつけられる蔑みに怯えている
耳を閉ざすことができたら もっと美しいものが見られますか
もっと美しい言葉を操れますか
言葉だけは奪わないでください
生まれ出た凶器
狂喜のすえた匂い
被害者の編む 絹糸の電気ハンモック
傷つけている
傷つけている
この生命が傷つけている
生まれ変われる日はいつ来るのですか
眼の乾くときをどれくらい待てばいいのですか
何を受け入れて 何を無視して 呼吸を続ければいいのですか
君しかいないんです

ビリビリと震える頭のなかにはカナリヤ
声を枯らしても
彼女の心臓は動き続けている
魂の宿る場所 その理由
カナリヤは世界を奏でる術を見つけて
小さな無限の空を飛ぶ
その日を夢みるために彼女の生命は縛りつけられている

悲しみも悔しさも 貴方の構成成分
空しさや無感情さえ
強張ったその身体も 収縮した精神も
不幸を自慢しろ 幸福を蔑め
それが今の貴方なら 全てを曝け出せ
配慮を強制する彼らに降伏してはいけない
貴方のすべてを愛させてくれ
愛させてくれ

脱いでも脱いでも ぴったりと肌に貼りついたままの服
身体から出るものたちだけが 抑圧を免れて踊る
言葉が 歌が この惑星の重力も忘れて

藍瓶を覗いた痩せ烏の云うには、底には光が見えたらしい。微細な光たちは渦を巻き、流れ、絶えず形を変えていた。輝きはやがて弱まり、ついには消えてしまった、と。狐は烏を嘘吐きと蔑んだ。烏の涙のなかに銀河を見つけて、密かに喉を鳴らしながら。

青く美しい若鳥を捕まえたなら
さえずりを甘受するより早く
血と肉にしてしまうかもしれない
幸せを呼ぶ鳥が 願いを成就するより先に
表面の美しさだけを貪る 予感
空の鳥かごは空のまま
ダイヤつきの帽子は投げ捨てて

優しい呪いのように繰り返しても
実体を得ることのないまま
周りの窒素だけが穢れていく
知りながらも唇はひたひたと鳴る
とうに剥がれた内側の塊を
右へ左へ揺さぶりながら 不器用に歩く
それを見ている君の瞳は 何色

収縮する
とりまく熱風に身体を引き絞られて
大人から少女へ
少女から卵子へ
急激な逆流に よみがえったのは鮮やかな嘘
琴線を失うかわりに取り戻した肉の自由
それでも私は相も変わらず
父を 愛を 探していた
帰ろう
あのふたりぼっちの国へ

存在しない
そこには何の変哲もない窒素が充満しているだけだ
“ペールオレンジ”の境界? まぼろし
非現実を定義できない眼球と収縮した脳
きみの姿が見えないとしたら、きみを信ずる必要も現実へ霧散するのか
存在しない
境界? まさか
量るべきものならもっと上の世界で探せばいい

左足の痛み
右側頭部の痺れ
裏だけが鮮明な精神

飛び込んだ先では見慣れぬ魚ばかりが泳いでいた
自分が何色かすら知らないたった一匹の魚

単細胞の何か
不安はなかった
一部であるという事実と、離脱に固執する性癖
誰かが泣いている

開封八時間後のヒウマニズムに
進化した獣はまだ固執している
暗い部屋で読みすぎた快楽に"-ism"をつけ足して
彼らの眼はとうの昔に退化しきってしまった
「見えないものは信じない」
光を失った彼らにはそれも真実
きみにはきみ自身が見えていますか
きみには恋人のこころが見えていますか
きみには今日が、明日が見えていますか
彼らには音楽がある
彼らには激しい“性愛”がある
支配を拒みながら甘んじる抑圧
病を崇めながら病名を蔑む器用さを
血から血へ受け継いで
貧しい精神世界をさまよう
再使用も再利用もできない魂の骨格
彼らは知らない
彼らが
新しい自由を得るためにつくられたことを

怯えた四肢を伸ばして繋がる
空中ブランコの危うさと過去
しがみつくロープの先には誰もいない
スポット ドラムロール
息をのむ小さな獣
柔らかな網が 丸まった背中をとらえた
粘着質のそれは自由を奪って
二十数年の気だるい営みを
自然の環のなかに吸い込もうとする
突如現れた白い鳥に 曇り空が遮られた
糸を絡めとってなお
鳥は華麗に舞った
この濁った眼をついばみ
偽りの光を奪う
灯火 金管の奏楽
歌が聞こえる

殴ろうとして殴られようとして殴ろうとして殴られようとして。ループする。宙の右端から左端へ、天辺から底へ。ぐるりと回っては加速する帰巣本能。自分からは逃げられない。引き上げてくれ。

失くした消しゴムを探し疲れて諦めたずっとあとにやってくる突然の再会、さながらに舞い戻る「家」としてのこの海。

君に捧げるべき時間を消費しては別の自分になるために積み木を重ねている。

旋回 下降
ゆるやかな滑空
宙返り 上昇 高く 高く
銃口はこちらを見ている
歯ぎしりしながら落下を待っている
霧 ミルクのカーテン 身を潜めた
晴れない水蒸気 美しいシェルター
真珠の実たわわな森へ誘う
安らかな滑空

深く呼吸しながら 委ねる術を探っていた
香辛料に乱れ
果物の影に手を振り
ちくりとする液体に身を浸す
青い器のなかの海は 燃え澄みわたっても
添えられた木製のスプウンには顔すら映らない
沈んだままの光 繋がれた意識 収束する罪悪 棘を研ぐ

しなやかに踊ろうと服を脱いだ
肌を撫でる風 脆い骨が砕ける
星が墜ちる間に君は別の服を用意して待つ
裸体をわすれて震える愚かしさを君は笑わず
剥がれ落ちる鱗を拾い集める
滴を縫い合わせ 生まれた首飾りを
老いた精神は拒む
星が堕ちる間に君はすべてを揃えて待つ
時すら逆行し 君にひれ伏す
委ねる術を手にしながら
まだ羊は鱗を撒いている

回廊の端をそろりそろりと歩く
足を引き摺らぬように意識をすり減らして
君の声は聴いていた 遠くに 近くに
前へ進むことも後ずさることも求めず
ただ君を呼ぶ声で 空(から)の身体は崩れた
露になった精神を 揺らして 揺らして 燃やして
欠片を接いで君は 土くれの世界を殺した
回廊に掛かる灯は オリイヴの果汁を焼く
じり、じり
耳鳴り ノイズに夕日が加速する
棚引くのは薄雲 紅を纏う
君の声を聴いていた この場所で 狭い天を仰いで
灰から響く産声が賛歌を奏でる
瞬間 たしかに
君の声を聴いていた



弧を描いて落下する精神。夜更けに弄ぶ滑稽なpenology。



温い絹糸の絡むような
銀泥に呑まれていくような
窒息しかけの輪郭から
抜け出す日を夢見た
声帯は麻痺するに任せる
不滅の祈りを片隅に追い遣り探す自己

こんなところにいるはずもない
わたしは あなたは

部屋には融解への誘いがある
快楽はいつも空虚
毒煙のように生命を奪う
衝動は腐敗しても
意志だけは気高く